その夜、アキラはチャンピオン戦以来初めて、カズオと連絡をと
った。受話器の向こうから元気そうなカズオの声が聞こえてきた。
そして、アキラから連絡をよこしたことを心から喜んでいる様子
だった。しかし、カズオは大学のインターンも終え、二、三日で
地元に戻る手筈を整えていた。アキラは近況と、そしてブルース
とギター、ライヴのことを手短に報告した。カズオは会って話も
したいということで、一週間帰郷を遅らせることを約束して電話
を切った。
ライヴ当日は大盛況だった。シンジの前宣伝もあり、店始まって
以来の観客で、普段は五十人も入れば満杯になるのが、その二倍
以上に膨れ上がり、店内は息苦しいほどであった。同僚は勿論、
ボクシング時代のアキラのファンも掛け付けた。その中に、カズ
オの姿もあった。
しかし、演奏自体をアキラは全く憶えていなかった。最初はかな
り緊張していて、シンジのギターについていくのがやっとだった。
シンジにソロを促されたときには、頭の中は真っ白になっていた。
かなりミストーンを出していた。それでも演奏が終わったときに
は万雷の拍手を受けていた。我に返ったのは、演奏が終わってシ
ンジに声を掛けられてからだった。カウンターの端にいるカズオ
の目が潤んでいるように見えた。そして、ぼんやりと客席を見渡
していた。
アキラの人生になにかが見え始めた。
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