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2010年4月16日金曜日

小説 「バック ロード」 46(最終回)  戸口 了

アキラは再びモンスターに命を与えた。蘇った怪物は主人の意を
受け、けたたましく吠えながら一本道を都心へと向かう。
高速からコンクリートジャングルの獣道に入った。しかし、アキ
ラの心は妙に和んだ。帰ってきたと感じる。戻るべきところに戻
ってきた気がする。明日からの好きでもないが、嫌いでもない単
調な仕事がある。ボクシングは捨てたが、ブルースに拾われた。
カズオと別れたが、新しいパートナーのシンジに出会った。もう
すぐ、そこに戻れる。アキラは自然に、自分の愛車と化した白い
モンスターのアクセルを、踏み込んでいた。

アキラは月曜からの、単調ではあるが、少し明日が見えそうな生
活を思い浮かべながら、独り言ちた。
「人生なんて、そうたいしたことが起こる訳じゃないんだよ。」

アキラの頭の中で突然ゴングが鳴った。ワン、ツー、規則正しく、
スリー、フォー、物悲しく、ファイヴ、シックス、優しく、セヴ
ン、エイト、遠く、ナイン、テン、そこまで数えられた。

白いコルベットは大曲に差し掛かっている。

「少し、眠らせてくれ。」
アキラは、目を閉じた。

    -了ー

2010年4月15日木曜日

小説 「バック ロード」 45  戸口 了

「ありがとう。」
従業員が差し出したコーヒーを受け取ろうとしたアキラの手は震
えていた。そして、力加減を失った指は紙コップを握り潰した。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、すまん。こいつの振動が乗り移ったみたいだ。」
白煙を上げてコルベットは発進し、助走路を無視して本線を横切
り、いきなり追い越し車線を加速した。
アキラは出来る限りに自分に緊張を科した。本線に戻り、先行車
との間を極端に詰め、そして、鋭く抜き去る。毛糸の玉にじゃれ
つく子猫のように、次から次へと繰り返し、なにも考える余地を
与えない。
東京に入る前、最後の給油のためにパーキングに乗り入れた。
「いらっしゃいませ!」
「満タン。」


「お客さん!お客さん!」
「あ、ああ?」
従業員に起こされるまで、アキラの意識は途切れていた。
「大丈夫ですか?ちょっと休んでいかれれば?」
「いや、もうすぐ家だから。」

2010年4月14日水曜日

小説 「バック ロード」 44  戸口 了

     8
単調な高速が益々アキラに襲いかかる。
出口は遥か先、この高速の終点。アキラは本線と追い越し車線の
間を行ったり来たりして、変化をつける。しかし、次第にハンド
ルを握る手から、力が失われていくのが分かる。車の振動と波長
の合わない自分の指先を見つめた。そしてガソリンが底をついた
のに気付いた。
給油のために次のパーキングのハイオクのスタンドに着けた。
「いらっしゃいませ!」
「満タン。」
「はい!・・・お客さん、いい車ですね。俺も乗ってみたいなあ。」
「ああ、乗るだけなら簡単なことだよ。」
「はあ?・・・それにしても、お客さん。ちょっと顔色悪いです
よ。」
アキラは自分の体調を悟られるのを嫌った。
「あ、早起きしたから。そうだ、悪いけどコーヒーを一杯、持っ
てきてくれないか。」

清算と一緒に、従業員はホットコーヒーを紙コップで持ってきた。

2010年4月13日火曜日

小説 「バック ロード」 43  戸口 了

「え?どうしたんだよ、急に。」
「この車。今日中に返さなきゃいけないんだよ。」
「どうして、・・・この車、お前の・・・。」
「俺はこいつを持てる身分じゃないよ。」
「じゃあ、なにしに来たんだよ・・・」
「幸せにな。」
「おい、待てよ!今日の席だって、取ってあるのに・・・。」
アキラは最後まで聞かずにアクセルを踏み込んだ。カズオは車内
に突っ込んでいた上半身を仰け反らせて身を退く。急発進の反動
でドアが閉まっていた。アキラはタイヤを鳴かせて峠の入り口へ
コルベットを向けた。

日曜の早朝のアップロードでは誰も邪魔する者はいなかった。常
に襲ってくる眠気と戦いながらアキラは頂上を目指す。眠気を追
い払うために、アキラはアクセルワークをこまめにし、運転に集
中した。
頂上の駐車場の脇を通り過ぎ去るときも、もう高速に乗ることだ
けを考えていた。

そこに赤いゴルフが停まっていることに気付かなかった。

2010年4月12日月曜日

小説 「バック ロード」 42  戸口 了

「ヤスコは?」
「あ、俺の車で帰したよ。今日は大事な日だから。・・・それと、
すまんな。アキラ。俺の誤解だった。」

「カズオ、俺の席はこっちだ。」
アキラはカズオの支えを振り払ってコルベットの運転席に転がり
込んだ。エンジンを掛け、カズオの乗り込むのを見て、一気にク
ラッチを繋ぐ。白いモンスターは朝靄の中をテールをスライドさ
せ、急発進した。
「アキラ、身体を診てから、少し休んでてくれ。」
「後で迎えを寄越すから。」
「おい、聞いてるのか?」

アキラはいつもより激しい振動を感じた。疲れと軽い興奮のせい
だと思っていた。しかし、その振動が強烈な眠気を誘っているの
にも気付いていた。アキラはカズオの言葉にも上の空で、それら
を打ち消すようにアクセルを全開にする。
カズオの病院の玄関まで乗り入れてコルベットは急停車した。

「カズオ、俺、帰るよ。」

2010年4月11日日曜日

小説 「バック ロード」 41  戸口 了

「やめて~!!」
しかし、同時に後方のコルベットのドアが開く音と、ヤスコの絶
叫がアキラの胸を貫いた。
速度の鈍ったアキラのパンチより早く、カズオの左ストレートが
アキラの顎を捉えていた。
カズオのカウンターをまともに喰らったアキラは後方に吹っ飛び
ながらも体勢を立て直そうとしたが、コルベットの屋根の角に後
頭部を打ち付け、そのままの姿勢でコルベットを背に崩れ落ち、
意識を失った。


「アキラ!」
目を開けたときには、辺りは明るくなっていた。そして、心配そ
うに覗き込むカズオの顔がある。
「気が付いたか。大丈夫か?」

「ああ、多分。」
「俺の家へ行こう。とにかく診なきゃだめだ。」
カズオはアキラを抱き起こし、反対側の助手席に向かおうとした。

2010年4月10日土曜日

小説 「バック ロード」 40  戸口 了

     7
グラウンドに二筋のライトが延びている。カズオは待っていた。
アキラはライトと垂直にコルベットを停車させた。エンジンを切
り、外に出る。瞬間、ライトで表情は見えなかったが、カズオが
飛び掛ってきたのが分かった。
「アキラ!お前、なにやってんだ!」
左頬に衝撃を受け、アキラは仰け反った。口の中に痛みが走る。
左手の甲で拭うと血が付いていた。
「まだ、衰えてないな。」
一瞬、笑みを浮かべたアキラは構えて、一歩退いたカズオとの間
合いを詰めた。カズオは後ろに退きながらもパンチを繰り出す。
アキラは本来のボクシングスタイルに戻っていた。カズオに打た
せるだけ打たせていた。自分から手を出してしまった以上、退く
に退けなくなったカズオは戸惑った。アキラの真意が掴めない。
カズオの目を見ていたアキラはそれを気付いていて、どこかで決
着をつけなければならないと考え、その機を窺った。

カズオの左ストレートが見えた瞬間、反射的にアキラはクロスカ
ウンター狙いの、右ストレートを放つ。

2010年4月9日金曜日

小説 「バック ロード」 39  戸口 了

「え?どうして?」

「あ、約束してたから。」
ヤスコは不審な表情を表わしながらもボタンを押した。アキラは
押し終えたところで、それを取り上げた。
「え?あ、な、なにするの。」
「もしもし・・・。」
カズオの声が聞こえてきた。
「あ、俺だけど。」
「え?誰?・・・あ、アキラ?な、なんでお前が?」
「話は後だ。とにかくグラウンドで待っててくれ。すぐ行くから。」
アキラは電話を切り、ヤスコのバッグにそれを突っ込んだ。
エンジンを掛け、怪物を一声吠えさせ、再びアキラは街に向かっ
た。
観衆は注目したが、後を追う者はいない。そして、皆が道を譲っ
たために追われる者もいなかった。

アキラはダウンロードを一気に駆け下りていく。

2010年4月8日木曜日

小説 「バック ロード」 38  戸口 了

アキラは煙草に火を点けた。そして、窓を少し開けて気まずさを
隠すために涼風を入れようとした。しかし、車内の空気は変わら
なかった。
「どうしてそんなに否定的なの?それに急に話されても、私はア
キラのことなんかなにも知らないんだから。」

「カズオはどうしてた?」
「え?カズオさん?カズオさんは、いつも休みになると帰ってき
ていたよ。必ず連絡してくれたし、その他のときも・・・。」
「ああ、そういうことか。」
「なによ、どういうこと?!何年も連絡一つ寄越さないで、いま
さらなにが言いたいの?!自分勝手なこと考えないで!」

「電話、持ってるか?」
「え?ええ・・・。」
ヤスコはバッグから携帯電話を取り出した。

「カズオに掛けてくれないか。」

2010年4月7日水曜日

小説 「バック ロード」 37  戸口 了

     6

「元気だったか?」
「私?・・・元気。」

「どうしてたんだよ。」
「どうって、ここの大学出て、勤めてた。それより、アキラこそ
なにしてたの。あれっきり、なにも連絡ないんだもの。」
「別になにもないよ。なにも変わっちゃいない。」
「どうしてそんなこと言うの?」
「カズオに聞いてるんだろ?」
「う、うん。でも試合のことと、この前のライヴの話だけ。」
「ああ、それですべてだよ。」
「身体は大丈夫?ずいぶん心配したんだから。」
「多分。ボクシング、棄てたから。」
「でも、音楽やるんでしょ?カズオさん、誉めてた。夢があって
いいじゃない。」
「ああ、夢か。だけど、ブルースに夢なんかあるのかなあ。」
「なに言ってるの。アキラの夢でしょ。」

「いや、夢も・・・、棄てた。」

2010年4月6日火曜日

小説 「バック ロード」 36  戸口 了

カズオの家を通り過ぎたとき、ヤスコの顔に不安が横切ったが、
アキラはなにごともなかったかのようにコルベットを峠の上りに
入れた。アキラの運転は益々荒くなっている。白いモンスターは
本来の姿を剥きだしにしていた。大排気量のエンジンに極端に軽
いボディを載せた怪物はテールを大きくスライドさせながら、小
さな獲物を次から次へと蹴散らせていった。先行者のテールに接
触させる位に近づき、爆音で煽った。
一台だけ立ち向かった車がいた。四駆の俊敏な日本車で、コーナ
ーでは地面を的確に噛み、アキラのコルベットでは歯が立たない。
しかし、アキラはパワースライドさせ、対向車線にはみ出してま
で果敢に攻める。やがて、恐れをなした相手は脇道にノーズを突
っ込んでいた。
もう、ヤスコはなにも喋らなかった。シートベルトを締めてはい
たが、手と足を突っ張り身体を安定させるのに必死だった。
頂上の駐車場に乗り入れたときには、噂を聞きつけてきた連中が
溜まっていた。その中をアキラはゆっくりと進み、端の空いてい
るスペースに滑り込ませる。そして、エンジンを切った。
観衆は遠巻きに取り囲んで、ヒーローの出現を見守っている。
しかし、その期待は裏切られた。

2010年4月5日月曜日

小説 「バック ロード」 35  戸口 了

アキラはシートに身を沈めたまま、明かりのこぼれる二階のヤス
コの部屋に目をやり、煙草に火を点けた。

カーテンが揺れる。間もなく、玄関から不安げな顔をして飛び出
してきたヤスコの姿があった。
「え?アキラ?アキラなの?来てくれたの?」
「やあ、ちょっと時間あるか?」
「え?明日があるのに・・・、カズオさんは?」
「ああ・・・、これから。」
アキラは煙草を灰皿に押し付け、エンジンを掛けた。
「あ、ちょっと待ってて。」
ヤスコは小さなバッグを持って再び現れた。
アキラは来た道を来たときと同じ荒々しさで、折り返した。
「アキラ、元気だった?」
「ずっと、なにしてたの?」
アキラはヤスコの質問を荒馬を力ずくで乗りこなすような運転と、
荒馬が嘶く爆音でかき消していた。ヤスコも口を閉ざさるを得な
かった。

2010年4月4日日曜日

小説 「バック ロード」 34  戸口 了

その瞬間、アキラの目に、大音量のクラクションとヘッドライト
の点滅と共に巨大な影が飛び込んできた。アキラの後ろについた
車は慌てて後続の最後尾に戻った。アキラはアクセルを緩めるこ
となく、一瞬怯んだ一般車と大型トラックの隙間にノーズを突っ
込む。
間一髪、先頭に立ったアキラはミラーで確認することもなく、次
のカーブを目指していた。もう、街の入り口まで追ってくるもの
はいなかった。
入り口の交差点で停まった。角にはカズオの実家の病院がある。
信号が変わると同時にアキラは右折して、大通りの中央車線に入
った。アキラの小さい頃は電車が走っていたが、廃止されてから
は片側三車線の広い道路になっている。
よく通ったグラウンドのある大橋を渡り、アキラはさらに西へ走
らせた。公園が見えたところでコルベットは左折して、閑静な住
宅街に乗り入れていた。やがて玄関脇に赤いゴルフを停めている
一軒家が見える。
ヤスコの家である。赤いゴルフはヤスコの車だろう。
アキラはその前で急停車させ、そして、一度アクセルを吹かせて
切った。モンスターの急激なブレーキ音と爆音が静寂な空気を震
わせる。

2010年4月3日土曜日

小説 「バック ロード」 33  戸口 了

     5
幾台かの車の爆音に、アキラは我に返った。
峠の頂上の駐車場は週末になると、走り屋達の溜まり場になって
いた。アキラはコルベットに乗り込み、エンジンを掛け、アクセ
ルを目一杯吹かすと同時に、一気にクラッチを繋いだ。白いモン
スターは後輪を思い切りスキッドさせて、峠のダウンロードに滑
り込む。
新参者を遠くから静観していた連中の視線が集中した。
そして、二台の腕に覚えのある車が、後を追って飛び出していく。
車の性格の差は歴然としていた。大排気量のパワーだけの怪物で
は下りのワインディングロードにおいて、コンパクトで高性能な
日本車には太刀打ちできなかった。
アキラはコルベットを震わせ、限界の状態でコーナーを攻めてい
く。しかし、いとも簡単に二台の車に背後につけられていた。そ
して、執拗にパッシングを受けている。
「そんなつもりじゃなかったのになあ。」
アキラは心の中で呟いた。
そのときには、アキラの前を一般車が塞いでいた。仕方なく、ア
キラは右カーブで対向車線に、コルベットを乗り入れた。一台が
アキラの後ろについた。アキラは床一杯にアクセルを踏み込む。

2010年4月2日金曜日

小説 「バック ロード」 32  戸口 了

工場では、シンジが黙々と車に向かっていた。
「起こしちまったか?すまんな。これ、月曜が納車だから。」
「シンジさん、昨日は本当にありがとうございました。」
「ははは、そんなことは、気にしなくっていいんだよ。」
シンジは再び、車の下に潜った。アキラは事務所に行き、コルベ
ットの鍵を取り、エンジンを掛けた。鋭い音が工場に木霊した。
「アキラ、明後日からでいいんだぞ。」
「はあぁ、ちょっと調子を見とこうと思いまして。」
アキラは静かにコルベットを発進させた。
「アキラ、今日、演るんだから早く戻れよ。」
「分かりました。行ってきます。」
工場を出たアキラはアクセルを思いっきり踏んだが、相変わらず
コルベットは伸びなかった。見送ったシンジは小首を傾げていた。
アキラはいつもと反対の首都高に乗った。平日よりは空いている
都心に向けた。やがて、目覚めた白いモンスターは東名に入り、
西に向かう頃には息を吹き返し、本当の主人を乗せて、蘇るよう
に爆音を轟かせた。

2010年3月31日水曜日

小説 「バック ロード」 31  戸口 了

部屋に戻ったときに、ドアの隙間に一通の手紙が差し込まれてい
るのに気付いてはいた。しかし、アキラはかなり酔っていたのも
あり、手にしてそのままテーブルの上に放り投げ、ベッドに潜り
込んだ。そして、泥のように眠った。
目覚めたのは、翌日の昼を過ぎていた。工場から聞こえる物音で
目が覚めた。土、日はアキラの会社では誰も就業していなかった。
前日の酔いの名残りを留めたアキラは、台所で頭から冷水を浴び、
ベッドに腰掛けた。しかし、一向に醒める兆しを見せなかった。
それを、一瞬にして変えたのは例の手紙だった。
手に取りベッドに戻ったアキラはそれを、差出人を見ても、それ
がカズオの父親であることに暫く気付かなかった。そして、封を
切り、中に列記されているヤスコの名を確認して、初めてすべて
を理解した。
アキラは暫く、動けなかった。事態を悟ったアキラの頭の中には
昔の思い出が、走馬灯のように蘇った。
居ても立っても居られなくなったアキラは、着替えて工場に降り
た。

2010年3月30日火曜日

小説 「バック ロード」 30  戸口 了

署から離れたところの居酒屋で呑んだ。
「明日から、演るぞ。」
「ああ、今、アキラのギター借りてるから一人ずつな。」
どうしてシンジのギターがないか、アキラは理解していた。
「あのギター、シンジさんが使って下さいよ。もともとシンジさ
んのギターなんですから。」
「ばかやろう。あれはアキラの女房なんだよ。俺がいくら頑張っ
ても、俺の思う通りに泣いてくんねえんだよ。」
「シンジさん、それじゃあ姦通ですよ。」
「ははは、大丈夫。手はつけないよ。俺もすぐ再婚するから。」
アキラは泪を流していた。
「めそめそすんじゃねえよ。さあ、行くぞ。」
「え?行くって、どこへ?」
「決まってんじゃねえか。天国だよ、天国。」
そのまま、ソープに連れて行かれ、そして地元でもう一度、呑ん
だ。
寮に戻ったときには夜もかなりふけていた。そして工場には定期
的に持ち込まれていた白いコルベットが静かに眠っていた。
「アキラ、月曜からの仕事だよ。今回は車検だってよ。」
月光に浮かぶなまめかしいボディを、アキラはしばし眺めていた。

2010年3月29日月曜日

小説 「バック ロード」 29  戸口 了

「お前も、一緒か!」
「その人は、違う!」
「救急車が先だ!おとなしくしてろよ!今、車が来るから。」
救急車の出るのを待って二人はパトカーに分乗し、署に連行され
た。
「あの人は関係ない!」
警察の尋問を受けたアキラから出た言葉はそれだけだった。
「お前、プロだったんだってなあ。」
「それがどういうことか、分かってんだろうな。」
「いつまで、だんまり決め込むつもりなんだ。え?」
「そっちがそのつもりなら、覚悟しとけよ。」
「死ぬまで、出してやんねえからな。」
結局、アキラは拘置期限一杯まで過ごした。釈放されたのは期限
が切れる最後の金曜日の午後だった。
身柄引受人はシンジだった。そして、シンジの尽力だったのを、
アキラは聞かされていた。警察署に迎えに来たシンジに、アキラ
は深く頭を下げた。
「よし、呑みに行くぞ。」
シンジの第一声は、それだった。

2010年3月28日日曜日

小説 「バック ロード」 28  戸口 了

その瞬間、ケースから手を放したアキラの右手は、ギターの重み
から解き放たれ、その男の顎を力一杯粉砕していた。
男は二、三メートルほど吹っ飛び、動かなくなった。
「てめえ、なにしやがんだよ!」
「ふざけんじゃねえぞ!」
他の三人がアキラに飛び掛かってきた。アキラは自分のボクシン
グスタイルをとらずに、一発のパンチも受けることなく、三人を
それぞれ、一発で地面に這い蹲らせた。四人とも身動きひとつし
なかった。
アキラは最初の男のところへ行き、左手で胸ぐらを掴んで立たせ、
サンドバッグのように右の拳を腹に打ち込んだ。
ワン、ツー、男の反応はなかった、スリー、フォー、アキラの眼
から泪がこぼれ落ちた、ファイヴ、シックス、男の口から吐しゃ
物が噴き出した、セヴン、エイト、それが血に変わった、ナイン、
最後の一撃を顔面に打ち込もうとして拳を振り上げたとき、その
右腕に圧力を感じ冷たい感触と共に乾いた金属音を聞いた。
「暴行、傷害の現行犯で逮捕する!」
「アキラ!」
振り返ったアキラは、そこに二人の制服警察官とシンジの姿を見
た。誰が警察に通報したかは分からなかった。

2010年3月27日土曜日

小説 「バック ロード」 27  戸口 了

「行くぞ、アキラ。」
シンジはさっさと伝票を手に取り、会計に向かった。アキラも黙
って、それに従った。
「弾けねえくせに、ブルース面すんじゃねえよ、なあ。」
アキラの背中に罵声が突き刺さっていた。
店を出た二人は無言で駅に向かった。途中の角のコンビニの前を
通り掛かったときにアキラが声を掛けた。
「シンジさん、すいません。ちょっと、飲み物を買っていきます
んで、先に行ってて下さい。すぐ追いつきますから。」
「あ、ああぁ。」
シンジが角を曲がったのを見届けて、アキラはすぐにきびすを返
した。
時間はあまりなかった。シンジが気付いてすぐに戻ってくること
は、分かっていた。アキラは急いで居酒屋の暖簾を上げた。
外で待ってはいられないので、一度店内に足を踏み入れた。連中
はすぐに気付いた。それを確認したアキラは外に出た。
間もなく、男達は出てきた。
「ようよう、なんだよ。弾く気になったんかよ。」
「ははは、ほら聴いてやっから、ギター出しな。」
「こいつは、開けとけよ。金、入れてやっからよ。」
一人がギターケースに蹴りを入れた。