部屋に戻ったときに、ドアの隙間に一通の手紙が差し込まれてい
るのに気付いてはいた。しかし、アキラはかなり酔っていたのも
あり、手にしてそのままテーブルの上に放り投げ、ベッドに潜り
込んだ。そして、泥のように眠った。
目覚めたのは、翌日の昼を過ぎていた。工場から聞こえる物音で
目が覚めた。土、日はアキラの会社では誰も就業していなかった。
前日の酔いの名残りを留めたアキラは、台所で頭から冷水を浴び、
ベッドに腰掛けた。しかし、一向に醒める兆しを見せなかった。
それを、一瞬にして変えたのは例の手紙だった。
手に取りベッドに戻ったアキラはそれを、差出人を見ても、それ
がカズオの父親であることに暫く気付かなかった。そして、封を
切り、中に列記されているヤスコの名を確認して、初めてすべて
を理解した。
アキラは暫く、動けなかった。事態を悟ったアキラの頭の中には
昔の思い出が、走馬灯のように蘇った。
居ても立っても居られなくなったアキラは、着替えて工場に降り
た。
2010年3月31日水曜日
2010年3月30日火曜日
小説 「バック ロード」 30 戸口 了
署から離れたところの居酒屋で呑んだ。
「明日から、演るぞ。」
「ああ、今、アキラのギター借りてるから一人ずつな。」
どうしてシンジのギターがないか、アキラは理解していた。
「あのギター、シンジさんが使って下さいよ。もともとシンジさ
んのギターなんですから。」
「ばかやろう。あれはアキラの女房なんだよ。俺がいくら頑張っ
ても、俺の思う通りに泣いてくんねえんだよ。」
「シンジさん、それじゃあ姦通ですよ。」
「ははは、大丈夫。手はつけないよ。俺もすぐ再婚するから。」
アキラは泪を流していた。
「めそめそすんじゃねえよ。さあ、行くぞ。」
「え?行くって、どこへ?」
「決まってんじゃねえか。天国だよ、天国。」
そのまま、ソープに連れて行かれ、そして地元でもう一度、呑ん
だ。
寮に戻ったときには夜もかなりふけていた。そして工場には定期
的に持ち込まれていた白いコルベットが静かに眠っていた。
「アキラ、月曜からの仕事だよ。今回は車検だってよ。」
月光に浮かぶなまめかしいボディを、アキラはしばし眺めていた。
「明日から、演るぞ。」
「ああ、今、アキラのギター借りてるから一人ずつな。」
どうしてシンジのギターがないか、アキラは理解していた。
「あのギター、シンジさんが使って下さいよ。もともとシンジさ
んのギターなんですから。」
「ばかやろう。あれはアキラの女房なんだよ。俺がいくら頑張っ
ても、俺の思う通りに泣いてくんねえんだよ。」
「シンジさん、それじゃあ姦通ですよ。」
「ははは、大丈夫。手はつけないよ。俺もすぐ再婚するから。」
アキラは泪を流していた。
「めそめそすんじゃねえよ。さあ、行くぞ。」
「え?行くって、どこへ?」
「決まってんじゃねえか。天国だよ、天国。」
そのまま、ソープに連れて行かれ、そして地元でもう一度、呑ん
だ。
寮に戻ったときには夜もかなりふけていた。そして工場には定期
的に持ち込まれていた白いコルベットが静かに眠っていた。
「アキラ、月曜からの仕事だよ。今回は車検だってよ。」
月光に浮かぶなまめかしいボディを、アキラはしばし眺めていた。
2010年3月29日月曜日
小説 「バック ロード」 29 戸口 了
「お前も、一緒か!」
「その人は、違う!」
「救急車が先だ!おとなしくしてろよ!今、車が来るから。」
救急車の出るのを待って二人はパトカーに分乗し、署に連行され
た。
「あの人は関係ない!」
警察の尋問を受けたアキラから出た言葉はそれだけだった。
「お前、プロだったんだってなあ。」
「それがどういうことか、分かってんだろうな。」
「いつまで、だんまり決め込むつもりなんだ。え?」
「そっちがそのつもりなら、覚悟しとけよ。」
「死ぬまで、出してやんねえからな。」
結局、アキラは拘置期限一杯まで過ごした。釈放されたのは期限
が切れる最後の金曜日の午後だった。
身柄引受人はシンジだった。そして、シンジの尽力だったのを、
アキラは聞かされていた。警察署に迎えに来たシンジに、アキラ
は深く頭を下げた。
「よし、呑みに行くぞ。」
シンジの第一声は、それだった。
「その人は、違う!」
「救急車が先だ!おとなしくしてろよ!今、車が来るから。」
救急車の出るのを待って二人はパトカーに分乗し、署に連行され
た。
「あの人は関係ない!」
警察の尋問を受けたアキラから出た言葉はそれだけだった。
「お前、プロだったんだってなあ。」
「それがどういうことか、分かってんだろうな。」
「いつまで、だんまり決め込むつもりなんだ。え?」
「そっちがそのつもりなら、覚悟しとけよ。」
「死ぬまで、出してやんねえからな。」
結局、アキラは拘置期限一杯まで過ごした。釈放されたのは期限
が切れる最後の金曜日の午後だった。
身柄引受人はシンジだった。そして、シンジの尽力だったのを、
アキラは聞かされていた。警察署に迎えに来たシンジに、アキラ
は深く頭を下げた。
「よし、呑みに行くぞ。」
シンジの第一声は、それだった。
2010年3月28日日曜日
小説 「バック ロード」 28 戸口 了
その瞬間、ケースから手を放したアキラの右手は、ギターの重み
から解き放たれ、その男の顎を力一杯粉砕していた。
男は二、三メートルほど吹っ飛び、動かなくなった。
「てめえ、なにしやがんだよ!」
「ふざけんじゃねえぞ!」
他の三人がアキラに飛び掛かってきた。アキラは自分のボクシン
グスタイルをとらずに、一発のパンチも受けることなく、三人を
それぞれ、一発で地面に這い蹲らせた。四人とも身動きひとつし
なかった。
アキラは最初の男のところへ行き、左手で胸ぐらを掴んで立たせ、
サンドバッグのように右の拳を腹に打ち込んだ。
ワン、ツー、男の反応はなかった、スリー、フォー、アキラの眼
から泪がこぼれ落ちた、ファイヴ、シックス、男の口から吐しゃ
物が噴き出した、セヴン、エイト、それが血に変わった、ナイン、
最後の一撃を顔面に打ち込もうとして拳を振り上げたとき、その
右腕に圧力を感じ冷たい感触と共に乾いた金属音を聞いた。
「暴行、傷害の現行犯で逮捕する!」
「アキラ!」
振り返ったアキラは、そこに二人の制服警察官とシンジの姿を見
た。誰が警察に通報したかは分からなかった。
から解き放たれ、その男の顎を力一杯粉砕していた。
男は二、三メートルほど吹っ飛び、動かなくなった。
「てめえ、なにしやがんだよ!」
「ふざけんじゃねえぞ!」
他の三人がアキラに飛び掛かってきた。アキラは自分のボクシン
グスタイルをとらずに、一発のパンチも受けることなく、三人を
それぞれ、一発で地面に這い蹲らせた。四人とも身動きひとつし
なかった。
アキラは最初の男のところへ行き、左手で胸ぐらを掴んで立たせ、
サンドバッグのように右の拳を腹に打ち込んだ。
ワン、ツー、男の反応はなかった、スリー、フォー、アキラの眼
から泪がこぼれ落ちた、ファイヴ、シックス、男の口から吐しゃ
物が噴き出した、セヴン、エイト、それが血に変わった、ナイン、
最後の一撃を顔面に打ち込もうとして拳を振り上げたとき、その
右腕に圧力を感じ冷たい感触と共に乾いた金属音を聞いた。
「暴行、傷害の現行犯で逮捕する!」
「アキラ!」
振り返ったアキラは、そこに二人の制服警察官とシンジの姿を見
た。誰が警察に通報したかは分からなかった。
2010年3月27日土曜日
小説 「バック ロード」 27 戸口 了
「行くぞ、アキラ。」
シンジはさっさと伝票を手に取り、会計に向かった。アキラも黙
って、それに従った。
「弾けねえくせに、ブルース面すんじゃねえよ、なあ。」
アキラの背中に罵声が突き刺さっていた。
店を出た二人は無言で駅に向かった。途中の角のコンビニの前を
通り掛かったときにアキラが声を掛けた。
「シンジさん、すいません。ちょっと、飲み物を買っていきます
んで、先に行ってて下さい。すぐ追いつきますから。」
「あ、ああぁ。」
シンジが角を曲がったのを見届けて、アキラはすぐにきびすを返
した。
時間はあまりなかった。シンジが気付いてすぐに戻ってくること
は、分かっていた。アキラは急いで居酒屋の暖簾を上げた。
外で待ってはいられないので、一度店内に足を踏み入れた。連中
はすぐに気付いた。それを確認したアキラは外に出た。
間もなく、男達は出てきた。
「ようよう、なんだよ。弾く気になったんかよ。」
「ははは、ほら聴いてやっから、ギター出しな。」
「こいつは、開けとけよ。金、入れてやっからよ。」
一人がギターケースに蹴りを入れた。
シンジはさっさと伝票を手に取り、会計に向かった。アキラも黙
って、それに従った。
「弾けねえくせに、ブルース面すんじゃねえよ、なあ。」
アキラの背中に罵声が突き刺さっていた。
店を出た二人は無言で駅に向かった。途中の角のコンビニの前を
通り掛かったときにアキラが声を掛けた。
「シンジさん、すいません。ちょっと、飲み物を買っていきます
んで、先に行ってて下さい。すぐ追いつきますから。」
「あ、ああぁ。」
シンジが角を曲がったのを見届けて、アキラはすぐにきびすを返
した。
時間はあまりなかった。シンジが気付いてすぐに戻ってくること
は、分かっていた。アキラは急いで居酒屋の暖簾を上げた。
外で待ってはいられないので、一度店内に足を踏み入れた。連中
はすぐに気付いた。それを確認したアキラは外に出た。
間もなく、男達は出てきた。
「ようよう、なんだよ。弾く気になったんかよ。」
「ははは、ほら聴いてやっから、ギター出しな。」
「こいつは、開けとけよ。金、入れてやっからよ。」
一人がギターケースに蹴りを入れた。
2010年3月26日金曜日
小説 「バック ロード」 26 戸口 了
「よし、呑みにいくぞ。二人で打ち上げだ。」
シンジに連れられ、二人はブルーススポットの近くの居酒屋に入
った。
「来週から、ずうっと演るからな。」
「どうだ?演った感想は。」
二人は旨い酒を呑んでいた。しかし、アキラは隣のテーブルで騒
いで呑んでいる同年代の四人の男達の視線が気になっていた。
「ねえお兄さん達、バンドやってんの?」
一人がシンジに向かって声を掛けてきた。
「いや、バンドってほどじゃないよ。」
「え~?けど、ギター弾くんだろ?なにやってんだよ。」
「ああ、ブルースをちょっとね。」
「じゃあ、ちょっと聴かせてくれよ。そのブルースってやつを。」
他の一人が絡んできたが、シンジは軽く受け流した。
「なんだよ。弾けねえのかよ。」
「今日は、ちょっと。」
「そうか、弾けねえのか。こちらさん、ギター持ってんのに弾け
ねえんだとよ!ケースん中は空だとよ!」
一人が店内一杯に聞こえるように大声でなじった。アキラの顔か
ら血の気が退いた。それと同時にシンジが席を立った。
シンジに連れられ、二人はブルーススポットの近くの居酒屋に入
った。
「来週から、ずうっと演るからな。」
「どうだ?演った感想は。」
二人は旨い酒を呑んでいた。しかし、アキラは隣のテーブルで騒
いで呑んでいる同年代の四人の男達の視線が気になっていた。
「ねえお兄さん達、バンドやってんの?」
一人がシンジに向かって声を掛けてきた。
「いや、バンドってほどじゃないよ。」
「え~?けど、ギター弾くんだろ?なにやってんだよ。」
「ああ、ブルースをちょっとね。」
「じゃあ、ちょっと聴かせてくれよ。そのブルースってやつを。」
他の一人が絡んできたが、シンジは軽く受け流した。
「なんだよ。弾けねえのかよ。」
「今日は、ちょっと。」
「そうか、弾けねえのか。こちらさん、ギター持ってんのに弾け
ねえんだとよ!ケースん中は空だとよ!」
一人が店内一杯に聞こえるように大声でなじった。アキラの顔か
ら血の気が退いた。それと同時にシンジが席を立った。
2010年3月25日木曜日
小説 「バック ロード」 25 戸口 了
4
「最高だったよ、アキラ。なんか昔を思い出すような音だったよ。
ねえシンジさん、そう思いません?」
ライヴも終わり、様々な連中が賛辞を述べ引き揚げた頃、一段落
してアキラを挟みカウンターで呑んでいたカズオがシンジに声を
掛けた。
「うん、そうなんだよ。アキラのギターにはなにかを感じさせる
音があるんだよ。それがなにであるかは、聴く人によってまちま
ちなんだけどね。でも、それでいいんだよ。まあ、俺の目に狂い
はなかったってことさ。」
アキラは照れていた。そして、満足していたシンジはまだ残って
いる連中に、得意げにブルース談義を吹聴していた。
「ところでアキラ、手紙届いてないか?」
機を見計らったカズオが不安げにアキラに持ち掛けた。
「え?あっ、俺、全然ポスト見ないからなあ。なにか、送ったの
か?」
アキラの寮には玄関の脇に個別のポストが設置されていたが、ア
キラは一度もそれを覗いたことはなかった。もし、郵便物があれ
ばたまに気を利かせた誰かが部屋のドアに差し込んでくれていた。
「今日、帰ったら見とくよ。だけど、なに書いたんだよ。」
「いや、とにかく見てくれよ。じゃあ、俺はこれで。必ず連絡く
れよな。」
ドアのところで振り返り、片手を上げて、カズオは出ていった。
「最高だったよ、アキラ。なんか昔を思い出すような音だったよ。
ねえシンジさん、そう思いません?」
ライヴも終わり、様々な連中が賛辞を述べ引き揚げた頃、一段落
してアキラを挟みカウンターで呑んでいたカズオがシンジに声を
掛けた。
「うん、そうなんだよ。アキラのギターにはなにかを感じさせる
音があるんだよ。それがなにであるかは、聴く人によってまちま
ちなんだけどね。でも、それでいいんだよ。まあ、俺の目に狂い
はなかったってことさ。」
アキラは照れていた。そして、満足していたシンジはまだ残って
いる連中に、得意げにブルース談義を吹聴していた。
「ところでアキラ、手紙届いてないか?」
機を見計らったカズオが不安げにアキラに持ち掛けた。
「え?あっ、俺、全然ポスト見ないからなあ。なにか、送ったの
か?」
アキラの寮には玄関の脇に個別のポストが設置されていたが、ア
キラは一度もそれを覗いたことはなかった。もし、郵便物があれ
ばたまに気を利かせた誰かが部屋のドアに差し込んでくれていた。
「今日、帰ったら見とくよ。だけど、なに書いたんだよ。」
「いや、とにかく見てくれよ。じゃあ、俺はこれで。必ず連絡く
れよな。」
ドアのところで振り返り、片手を上げて、カズオは出ていった。
2010年3月24日水曜日
小説 「バック ロード」 24 戸口 了
その夜、アキラはチャンピオン戦以来初めて、カズオと連絡をと
った。受話器の向こうから元気そうなカズオの声が聞こえてきた。
そして、アキラから連絡をよこしたことを心から喜んでいる様子
だった。しかし、カズオは大学のインターンも終え、二、三日で
地元に戻る手筈を整えていた。アキラは近況と、そしてブルース
とギター、ライヴのことを手短に報告した。カズオは会って話も
したいということで、一週間帰郷を遅らせることを約束して電話
を切った。
ライヴ当日は大盛況だった。シンジの前宣伝もあり、店始まって
以来の観客で、普段は五十人も入れば満杯になるのが、その二倍
以上に膨れ上がり、店内は息苦しいほどであった。同僚は勿論、
ボクシング時代のアキラのファンも掛け付けた。その中に、カズ
オの姿もあった。
しかし、演奏自体をアキラは全く憶えていなかった。最初はかな
り緊張していて、シンジのギターについていくのがやっとだった。
シンジにソロを促されたときには、頭の中は真っ白になっていた。
かなりミストーンを出していた。それでも演奏が終わったときに
は万雷の拍手を受けていた。我に返ったのは、演奏が終わってシ
ンジに声を掛けられてからだった。カウンターの端にいるカズオ
の目が潤んでいるように見えた。そして、ぼんやりと客席を見渡
していた。
アキラの人生になにかが見え始めた。
った。受話器の向こうから元気そうなカズオの声が聞こえてきた。
そして、アキラから連絡をよこしたことを心から喜んでいる様子
だった。しかし、カズオは大学のインターンも終え、二、三日で
地元に戻る手筈を整えていた。アキラは近況と、そしてブルース
とギター、ライヴのことを手短に報告した。カズオは会って話も
したいということで、一週間帰郷を遅らせることを約束して電話
を切った。
ライヴ当日は大盛況だった。シンジの前宣伝もあり、店始まって
以来の観客で、普段は五十人も入れば満杯になるのが、その二倍
以上に膨れ上がり、店内は息苦しいほどであった。同僚は勿論、
ボクシング時代のアキラのファンも掛け付けた。その中に、カズ
オの姿もあった。
しかし、演奏自体をアキラは全く憶えていなかった。最初はかな
り緊張していて、シンジのギターについていくのがやっとだった。
シンジにソロを促されたときには、頭の中は真っ白になっていた。
かなりミストーンを出していた。それでも演奏が終わったときに
は万雷の拍手を受けていた。我に返ったのは、演奏が終わってシ
ンジに声を掛けられてからだった。カウンターの端にいるカズオ
の目が潤んでいるように見えた。そして、ぼんやりと客席を見渡
していた。
アキラの人生になにかが見え始めた。
2010年3月23日火曜日
小説 「バック ロード」 23 戸口 了
一年が経っても、アキラの演奏はそれほど上達しなかぅた。なん
とかシンジの邪魔にはならなくなってきたが、アキラの出す音は
ブルースではなくフォークソングだった。
「どうして、シンジさんみたいな音が出ないんですかね。」
「音を見つけるんだよ。そして、その音に感情を込める。全ての
音を出さなくてもいいんだよ。アキラ、お前のギターにはその感
情があるから、うまくできるようになるよ。」
しかし、シンジのギターとなんとか絡めるようになるまでには、
さらに、二年の歳月を費やしていた。
「アキラ、来週、一緒に演るぞ。」
その一言で長かったアキラの修行時代が幕を閉じた。アキラがギ
ターを手にしてからちょうど三年経った春だった。シンジに借り
ていたギターもかなり使い込まれていた。
「今日から、そのギターはお前のもんだ。」
「え?だ、駄目ですよ。それに、こんなに長く借りててすいませ
ん。」
アキラは自分でギターを手に入れることを全く考えなかった。借
りていたことにやっと気付かされた。あわててギターをシンジに
返そうとした。
「ばかやろう。お前の仕込んじまったやつじゃ、俺にはもう泣か
せられねえんだよ。まあ、可愛がってやれや。」
アキラの胸に熱いものがこみ上げてきた。
とかシンジの邪魔にはならなくなってきたが、アキラの出す音は
ブルースではなくフォークソングだった。
「どうして、シンジさんみたいな音が出ないんですかね。」
「音を見つけるんだよ。そして、その音に感情を込める。全ての
音を出さなくてもいいんだよ。アキラ、お前のギターにはその感
情があるから、うまくできるようになるよ。」
しかし、シンジのギターとなんとか絡めるようになるまでには、
さらに、二年の歳月を費やしていた。
「アキラ、来週、一緒に演るぞ。」
その一言で長かったアキラの修行時代が幕を閉じた。アキラがギ
ターを手にしてからちょうど三年経った春だった。シンジに借り
ていたギターもかなり使い込まれていた。
「今日から、そのギターはお前のもんだ。」
「え?だ、駄目ですよ。それに、こんなに長く借りててすいませ
ん。」
アキラは自分でギターを手に入れることを全く考えなかった。借
りていたことにやっと気付かされた。あわててギターをシンジに
返そうとした。
「ばかやろう。お前の仕込んじまったやつじゃ、俺にはもう泣か
せられねえんだよ。まあ、可愛がってやれや。」
アキラの胸に熱いものがこみ上げてきた。
2010年3月22日月曜日
小説 「バック ロード」 22 戸口 了
「駄目ですね、やっぱり。」
「そのギター、貸すから練習してみな。」
「え?だってこれは・・・。」
アキラはシンジの大切にしているギターに触れるだけでも躊躇っ
ていた。それを貸そうというシンジの進言に戸惑いを隠せず、困
った顔をした。
「いいんだよ。ギターなんて、一本ありゃあ充分だよ。」
結局、その日はシンジのギターを聴きながら、酒を呑んだ。そし
て、シンジから借りたギターを自室に持ち帰った。
明くる日から、シンジのギターの手ほどきが始まった。週末は都
内のブルーススポットに同行した。しかし、シンジはテクニック
を全く教えなかった。部屋ではアキラにキーを指定して、自分は
思いのままフレーズを弾きまくった。ライヴスポットでも、アキ
ラはカウンターの端に陣取りバーボンを口にしながら、シンジや
他の演奏者の曲に耳を傾けるだけだった。
しかし、アキラにとってそれは重要な時期だった。ライヴではシ
ンジのギターは部屋で聴いていた音と全く違っていた。部屋で聴
く音は何かもの哀しく切ないものであったが、ライヴでは力強く
生き生きしていた。そして、その中に含まれた色々な感情も汲み
取れるようになっていた。
「そのギター、貸すから練習してみな。」
「え?だってこれは・・・。」
アキラはシンジの大切にしているギターに触れるだけでも躊躇っ
ていた。それを貸そうというシンジの進言に戸惑いを隠せず、困
った顔をした。
「いいんだよ。ギターなんて、一本ありゃあ充分だよ。」
結局、その日はシンジのギターを聴きながら、酒を呑んだ。そし
て、シンジから借りたギターを自室に持ち帰った。
明くる日から、シンジのギターの手ほどきが始まった。週末は都
内のブルーススポットに同行した。しかし、シンジはテクニック
を全く教えなかった。部屋ではアキラにキーを指定して、自分は
思いのままフレーズを弾きまくった。ライヴスポットでも、アキ
ラはカウンターの端に陣取りバーボンを口にしながら、シンジや
他の演奏者の曲に耳を傾けるだけだった。
しかし、アキラにとってそれは重要な時期だった。ライヴではシ
ンジのギターは部屋で聴いていた音と全く違っていた。部屋で聴
く音は何かもの哀しく切ないものであったが、ライヴでは力強く
生き生きしていた。そして、その中に含まれた色々な感情も汲み
取れるようになっていた。
2010年3月21日日曜日
小説 「バック ロード」 21 戸口 了
シンジが選んだほうはスレンダーな塾女であり、木目のほうはト
ランジスタグラマーだった。
「え?」
「どうかしたか?」
「あ、いつもレコードだと思ってましたから。」
「ははは、いつから、そんなお世辞が言えるようになったんだよ。」
シンジはそう言いながらも笑みを浮かべていた。
「アキラ、ちょっと弾いてみな。」
「駄目ですよ、俺は。」
「まあ、いいから。」
酔いも手伝って、アキラはトランジスタグラマーを手にした。思
ったより、それはアキラの身体にフィットした。アキラはしげし
げと眺めた。
「それは、テレキャス、テレキャスターってんだ。エレキギター
の原点だよ。いいギターだろ?」
アキラには分からなかったが手になじむことは確かだった。シン
ジがアンプに繋ごうとしたが、それを断った。そして、高校のと
きに覚えたコードをたどたどしく押さえながら弾いてみた。
シンジとは格段の差があった。音が全然出なかった。アキラはギ
ターをスタンドに戻そうとした。
ランジスタグラマーだった。
「え?」
「どうかしたか?」
「あ、いつもレコードだと思ってましたから。」
「ははは、いつから、そんなお世辞が言えるようになったんだよ。」
シンジはそう言いながらも笑みを浮かべていた。
「アキラ、ちょっと弾いてみな。」
「駄目ですよ、俺は。」
「まあ、いいから。」
酔いも手伝って、アキラはトランジスタグラマーを手にした。思
ったより、それはアキラの身体にフィットした。アキラはしげし
げと眺めた。
「それは、テレキャス、テレキャスターってんだ。エレキギター
の原点だよ。いいギターだろ?」
アキラには分からなかったが手になじむことは確かだった。シン
ジがアンプに繋ごうとしたが、それを断った。そして、高校のと
きに覚えたコードをたどたどしく押さえながら弾いてみた。
シンジとは格段の差があった。音が全然出なかった。アキラはギ
ターをスタンドに戻そうとした。
2010年3月20日土曜日
小説 「バック ロード」 20 戸口 了
アキラは畳の部屋の真ん中にある小さなテーブルの前に直に座ら
された。そして台所からシンジが持ってきた形の違うグラスのひ
とつを手に、バーボンをストレートで注がれた。アキラはそれを
一気に咽に流し込んだ。熱い刺激が身体中に巡り、そしてアキラ
はむせた。
「おいおい、無理すんなよ。酒なんてもんは、呑みたいときに、
呑みたいだけ呑むもんだよ。」
むせながら、アキラは辺りをキョロキョロ見回した。
「なんか、おかしいか?」
「いえ、これ、これなんすか?」
「あ、ブルースだよ。ブルースって、知ってるか?」
「あ、いえ、名前だけは。」
「ははは、それだけだよ。後にはなにもない。」
アキラには納得がいくのかいかないのかも分からなかった。
「アキラは、ギター弾けるのか?」
「え?いえ、全然。」
シンジは立て掛けてあったギターの黒いほうを手に取り、ベッド
に腰掛けて、アキラが気付かなかった豚の鼻のつまみの付いた小
さなアンプにコードを繋ぎ、爪弾き出した。アキラには二本のギ
ターが同じように見えた。そしてどちらからも女の体を連想した。
された。そして台所からシンジが持ってきた形の違うグラスのひ
とつを手に、バーボンをストレートで注がれた。アキラはそれを
一気に咽に流し込んだ。熱い刺激が身体中に巡り、そしてアキラ
はむせた。
「おいおい、無理すんなよ。酒なんてもんは、呑みたいときに、
呑みたいだけ呑むもんだよ。」
むせながら、アキラは辺りをキョロキョロ見回した。
「なんか、おかしいか?」
「いえ、これ、これなんすか?」
「あ、ブルースだよ。ブルースって、知ってるか?」
「あ、いえ、名前だけは。」
「ははは、それだけだよ。後にはなにもない。」
アキラには納得がいくのかいかないのかも分からなかった。
「アキラは、ギター弾けるのか?」
「え?いえ、全然。」
シンジは立て掛けてあったギターの黒いほうを手に取り、ベッド
に腰掛けて、アキラが気付かなかった豚の鼻のつまみの付いた小
さなアンプにコードを繋ぎ、爪弾き出した。アキラには二本のギ
ターが同じように見えた。そしてどちらからも女の体を連想した。
2010年3月19日金曜日
明日 シンパeナイト!
3・20(土)21:00~
「フランケンの花嫁」
03-5454-8555
代々木公園駅 公園側出口
交差点交番斜め向かい
明日です!よろしく
お願いいたします!
出演:トリプル・ブレーキ牡丹
シンパ・・・end more
写真は好評の「夜光」ピックであります。
何人かのミュージシャンからのオーダーも受けました。
写真は「カツ」氏の「HONMOKU ASOBA NIGHT」
一枚¥120(両面プリント¥140)で50枚から受付
版代¥1500(両面¥3000)追加の場合は無料
落としても、投げても、見つけやすい・・・ハハハ
あ、小説ですが・・・中盤に差し掛かりました。
まあ、最後までお付き合いくださいませ・・・っと。
2010年3月18日木曜日
小説 「バック ロード」 19 戸口 了
シンジは平日は他の従業員とは別で、いつも一人で自室に閉じこ
もりレコードを聴いていた。そして、週末になると必ずギターを
持ち、出掛けた。それが、都内のブルーススポットであり、そこ
で演奏していることは、誰かから聞いて知っていた。そんなシン
ジに呼ばれてどんな話をするのか、アキラには皆目、見当もつか
なかった。しかし、その日一日で、アキラはシンジにかなりの興
味を持っていた。
「シンジさん、アキラです。」
「おお、入れや。」
シンジの部屋は、造りはアキラの部屋と同じだったが、なにもな
いアキラの部屋とは別世界だった。壁一面にギターを抱えた黒人
の写真が貼られていた。ある者は喜びを満面に湛え、ある者は怒
りに満ち、またある者は哀しげに、そして楽しげに、それらはギ
ターを弾いていた。白人の写真も数枚混ざっていたが、いずれに
せよアキラの理解できるものではなかった。
そして、数百枚はあろうかと思われるレコードの棚が目を引く。
スタンドに掛けてある二本のギターとそれらを除くと、生活必需
品だけのアキラの部屋と変わらないのだが、実際は異空間を形成
していた。
もりレコードを聴いていた。そして、週末になると必ずギターを
持ち、出掛けた。それが、都内のブルーススポットであり、そこ
で演奏していることは、誰かから聞いて知っていた。そんなシン
ジに呼ばれてどんな話をするのか、アキラには皆目、見当もつか
なかった。しかし、その日一日で、アキラはシンジにかなりの興
味を持っていた。
「シンジさん、アキラです。」
「おお、入れや。」
シンジの部屋は、造りはアキラの部屋と同じだったが、なにもな
いアキラの部屋とは別世界だった。壁一面にギターを抱えた黒人
の写真が貼られていた。ある者は喜びを満面に湛え、ある者は怒
りに満ち、またある者は哀しげに、そして楽しげに、それらはギ
ターを弾いていた。白人の写真も数枚混ざっていたが、いずれに
せよアキラの理解できるものではなかった。
そして、数百枚はあろうかと思われるレコードの棚が目を引く。
スタンドに掛けてある二本のギターとそれらを除くと、生活必需
品だけのアキラの部屋と変わらないのだが、実際は異空間を形成
していた。
2010年3月17日水曜日
小説 「バック ロード」 18 戸口 了
アキラはシンジの言うがままにコルベットに乗り込んだ。エンジ
ンを掛けて二、三度アクセルを吹かした。轟音がアキラの身体を
揺さぶった。しかし、エンジンの吹けはよくなかった。アキラは
思い切って外に飛び出した。
首都高に乗り入れ、徐々にメリハリのある運転に切り換えていっ
た。そして、関越に入り、アクセルを目一杯踏みつけた。
次のインターで折り返した頃には、白いモンスターは息を吹き返
していた。アクセルワークで微妙に反応するエンジンはアキラを
虜にした。アキラはこの車が欲しくなった。しかしチャンピオン
の道を閉ざされたアキラにとっては一生涯持てる車でないことは
分かっていた。
工場に戻ると、早速、シンジに声を掛けられた。
「どうだった?」
「もう、ばっちりですよ!」
アキラの声は弾んでいた。
「車ってやつは、乗り手を選ぶもんなんだよ。」
シンジの一言でアキラの顔に笑顔が生まれた。
「ところで、アキラ。後で部屋に来いや。」
アキラは喜んで頷いていた。しかし、不安もあった。一番の古株
であるシンジとはあまり話したことはなかった。
ンを掛けて二、三度アクセルを吹かした。轟音がアキラの身体を
揺さぶった。しかし、エンジンの吹けはよくなかった。アキラは
思い切って外に飛び出した。
首都高に乗り入れ、徐々にメリハリのある運転に切り換えていっ
た。そして、関越に入り、アクセルを目一杯踏みつけた。
次のインターで折り返した頃には、白いモンスターは息を吹き返
していた。アクセルワークで微妙に反応するエンジンはアキラを
虜にした。アキラはこの車が欲しくなった。しかしチャンピオン
の道を閉ざされたアキラにとっては一生涯持てる車でないことは
分かっていた。
工場に戻ると、早速、シンジに声を掛けられた。
「どうだった?」
「もう、ばっちりですよ!」
アキラの声は弾んでいた。
「車ってやつは、乗り手を選ぶもんなんだよ。」
シンジの一言でアキラの顔に笑顔が生まれた。
「ところで、アキラ。後で部屋に来いや。」
アキラは喜んで頷いていた。しかし、不安もあった。一番の古株
であるシンジとはあまり話したことはなかった。
2010年3月16日火曜日
小説 「バック ロード」 17 戸口 了
工場長に、アキラが呼ばれた。
「こいつが担当しますから。」
アキラは軽く頭を下げた。若い男の目には嫌悪が宿っていた。
「え?大丈夫かなあ。大事な車なんだよねえ、社長?」
「大丈夫ですよ、お客さん。こいつはこうみえてもアメ車のエン
ジンにかけては一番ですから。」
「でもさあ、この人、ボクシングやってた人だよねえ。もうボク
シングもできないんでしょ。車いじって大丈夫なの?」
アキラの心の中に火が点いた。自分から手を出しても構わないと
思った。右手の拳を握りしめた。
その瞬間、右肩を強い力で掴まれた。用事で事務所に入ってきて
いた先輩のシンジだった。しかし、その強い力はアキラの心に優
しく置かれた。
「あ、まあ社長が言うなら、とにかく、よろしくね。」
若い男はそそくさと事務所を後にした。
突っ立ったままのアキラをシンジがコルベットのところに連れ出
した。
「こいつぁあ、きれえすぎるな。なあ、アキラ、ちょっと外でも
ぶっ飛ばしてこいや。生き返るぞ。」
「こいつが担当しますから。」
アキラは軽く頭を下げた。若い男の目には嫌悪が宿っていた。
「え?大丈夫かなあ。大事な車なんだよねえ、社長?」
「大丈夫ですよ、お客さん。こいつはこうみえてもアメ車のエン
ジンにかけては一番ですから。」
「でもさあ、この人、ボクシングやってた人だよねえ。もうボク
シングもできないんでしょ。車いじって大丈夫なの?」
アキラの心の中に火が点いた。自分から手を出しても構わないと
思った。右手の拳を握りしめた。
その瞬間、右肩を強い力で掴まれた。用事で事務所に入ってきて
いた先輩のシンジだった。しかし、その強い力はアキラの心に優
しく置かれた。
「あ、まあ社長が言うなら、とにかく、よろしくね。」
若い男はそそくさと事務所を後にした。
突っ立ったままのアキラをシンジがコルベットのところに連れ出
した。
「こいつぁあ、きれえすぎるな。なあ、アキラ、ちょっと外でも
ぶっ飛ばしてこいや。生き返るぞ。」
2010年3月15日月曜日
小説 「バック ロード」 16 戸口 了
3
汗と油まみれの日々が続いた。結局、アキラは精密検査を受けな
かった。そしてあれ以来、ジムには足を踏み入れていなかった。
以前は見習いだった修理工も、ボクシングを辞めてからは整備士
のライセンスを取得し、自動車教習所にも通った。
一年が経ち、二十二歳の春になってもアキラの心は虚無だった。
仕事自体は電気関係が苦手だったが、エンジン周りなどの機会部
分は自分でも少し興味を覚え、特にアメ車などを担当した。
その頃には、酒と煙草、そして女も覚えていた。仕事仲間に誘わ
れるまま飲みに出た。酒の勢いでソープにも足を運んだ。しかし
アキラは、なににものめり込むことはなかった。所持金は増えも
減りもしなかった。
そんなある日、工場に白いコルベットが持ち込まれた。見た目は
極上の手入れを施していた。従業員は全員、スティングレイと呼
ばれる白いモンスターに目を見張った。アキラはそれが昔、世界
チャンピオンの命を奪った車だということに気付いた。しかし、
写真で見たその車は原形を全く留めていないただの鉄クズだった。
実物を見て、アキラは軽い興奮を覚えた。
若い男が事務所に入っていった。
「アキラ!」
汗と油まみれの日々が続いた。結局、アキラは精密検査を受けな
かった。そしてあれ以来、ジムには足を踏み入れていなかった。
以前は見習いだった修理工も、ボクシングを辞めてからは整備士
のライセンスを取得し、自動車教習所にも通った。
一年が経ち、二十二歳の春になってもアキラの心は虚無だった。
仕事自体は電気関係が苦手だったが、エンジン周りなどの機会部
分は自分でも少し興味を覚え、特にアメ車などを担当した。
その頃には、酒と煙草、そして女も覚えていた。仕事仲間に誘わ
れるまま飲みに出た。酒の勢いでソープにも足を運んだ。しかし
アキラは、なににものめり込むことはなかった。所持金は増えも
減りもしなかった。
そんなある日、工場に白いコルベットが持ち込まれた。見た目は
極上の手入れを施していた。従業員は全員、スティングレイと呼
ばれる白いモンスターに目を見張った。アキラはそれが昔、世界
チャンピオンの命を奪った車だということに気付いた。しかし、
写真で見たその車は原形を全く留めていないただの鉄クズだった。
実物を見て、アキラは軽い興奮を覚えた。
若い男が事務所に入っていった。
「アキラ!」
2010年3月14日日曜日
小説 「バック ロード」 15 戸口 了
気付いたのは、控え室のベンチの上だった。
目を開けたときに聞こえてきたのは、会長とドクターのなにか深
刻な会話だった。その他に人の気配はなかった。アキラは悟られ
ないように、再び目を閉じた。
「今まで、どうして分からなかったんだね。君もプロじゃないか
ね。」
「へえ、でも、こいつは・・・。」
「あんな無茶な戦い方があるかね。」
「こいつは、こいつは、夢を背負ってたんでさあ。」
「限度というものがあるだろう。このままじゃ、本当に夢で終わ
るよ。」
「夢、夢を掴んでほしかっただけでさあ。」
「それは、あんたの夢だろう。こんな有望な若者の夢を、あんた
が壊してるんだよ。」
「・・・・・・。」
「とにかく、一度、精密検査を受けるんだね。結果が出ないと、
試合の許可は出さないから、そのつもりで。紹介状は書くから。」
アキラは目を見開いて、天井を見ていた。なにも感情が湧かなか
った。
そして、アキラのボクシング人生はこれで、終わった。
目を開けたときに聞こえてきたのは、会長とドクターのなにか深
刻な会話だった。その他に人の気配はなかった。アキラは悟られ
ないように、再び目を閉じた。
「今まで、どうして分からなかったんだね。君もプロじゃないか
ね。」
「へえ、でも、こいつは・・・。」
「あんな無茶な戦い方があるかね。」
「こいつは、こいつは、夢を背負ってたんでさあ。」
「限度というものがあるだろう。このままじゃ、本当に夢で終わ
るよ。」
「夢、夢を掴んでほしかっただけでさあ。」
「それは、あんたの夢だろう。こんな有望な若者の夢を、あんた
が壊してるんだよ。」
「・・・・・・。」
「とにかく、一度、精密検査を受けるんだね。結果が出ないと、
試合の許可は出さないから、そのつもりで。紹介状は書くから。」
アキラは目を見開いて、天井を見ていた。なにも感情が湧かなか
った。
そして、アキラのボクシング人生はこれで、終わった。
2010年3月13日土曜日
小説 「バック ロード」 14 戸口 了
しかし、勝利の女神はアキラに微笑まなかった。
アキラはそれまでと同様に一ラウンドはチャンピオンに打たせる
だけ打たせた。自信はあった。しかし二ラウンドに入り間合いを
付けパンチを放つのだがチャンピオンに決定的なダメージを与え
られなかった。スピードと力はあったのだが、チャンピオンはか
ろうじて急所をはずした。三ラウンドで焦りからアキラは自ら手
を出した。パンチに力はあったが巧みなチャンピオンのテクニッ
クには通じなかった。そしてアキラのパンチが流れだした。疲れ
はないのだが思うところにパンチを打ち込めなくなってきた。
自分でも、もどかしさを感じ始めた。アキラの派手なパフォーマ
ンスを期待していた観客はざわついた。
第四ラウンドの開始ゴングが鳴って、観客が騒然となった。勝負
を賭けたアキラは両腕を垂らし、ノーガードの暴挙に出た。チャ
ンピオンは注意深くしかし容赦なくアキラにパンチを打ち込んだ。
一瞬の見切りをつけ、アキラが渾身のストレートを放った。その
瞬間、右に流れたチャンピオンの右フックがカウンター気味にア
キラのテンプルにヒットした。そんなに強烈なパンチではなかっ
たが、アキラは膝を折り、その場でマットに崩れ堕ちた。痛みも
なにも感じなかった。ただ、一瞬の出来事だった。そして意識が
途切れた。
アキラはそれまでと同様に一ラウンドはチャンピオンに打たせる
だけ打たせた。自信はあった。しかし二ラウンドに入り間合いを
付けパンチを放つのだがチャンピオンに決定的なダメージを与え
られなかった。スピードと力はあったのだが、チャンピオンはか
ろうじて急所をはずした。三ラウンドで焦りからアキラは自ら手
を出した。パンチに力はあったが巧みなチャンピオンのテクニッ
クには通じなかった。そしてアキラのパンチが流れだした。疲れ
はないのだが思うところにパンチを打ち込めなくなってきた。
自分でも、もどかしさを感じ始めた。アキラの派手なパフォーマ
ンスを期待していた観客はざわついた。
第四ラウンドの開始ゴングが鳴って、観客が騒然となった。勝負
を賭けたアキラは両腕を垂らし、ノーガードの暴挙に出た。チャ
ンピオンは注意深くしかし容赦なくアキラにパンチを打ち込んだ。
一瞬の見切りをつけ、アキラが渾身のストレートを放った。その
瞬間、右に流れたチャンピオンの右フックがカウンター気味にア
キラのテンプルにヒットした。そんなに強烈なパンチではなかっ
たが、アキラは膝を折り、その場でマットに崩れ堕ちた。痛みも
なにも感じなかった。ただ、一瞬の出来事だった。そして意識が
途切れた。
2010年3月12日金曜日
小説 「バック ロード」 13 戸口 了
ジムの会長は大事をとって試合を秋に延期した。アキラは少し落
ち込んだが自分のミスから起きた事件なので承知した。しかしト
レーニングは止めなかった。今まで右手一本で相手を倒してきた
が、その右手が使えなくなっていた。そこでアキラは左でも相手
を倒せるようにトレーニングを積んだ。当初はうまくいかずに今
まで以上にパンチを受けた。しかし、夏も終わる頃には左でも相
手を倒せる間合いと力をつけた。
第三戦の相手はランキング三位の選手だった。ここまでくると相
手に研究されて不利に思われたが、左で相手を倒すことを覚えた
アキラはまたも二ラウンドで、しかも左で相手をKOした。もう本
人たちよりボクシング界が騒然とした。そしてチャンピオン戦を
仕組むよう煽った。四戦目でチャンピオンに挑戦するのはほぼ最
速のスピードだった。チャンピオン側はそれを嫌ったが周りの状
況から挑戦を受け入れるしかなかった。
チャンピオン戦は翌年の正月明けに組まれた。アキラは正月も返
上してトレーニングに励んだ。そして、その次の世界を見ていた。
アキラは負ける気がしなかった。どんなに打たれても一発で相手
を倒す自信をつけた。
上京して初めてカズオと連絡をとった。カズオは喜んで応援に駆
けつけてくれた。自信に満ちたアキラの顔を久々に見てカズオも
勝利を確信した。
ち込んだが自分のミスから起きた事件なので承知した。しかしト
レーニングは止めなかった。今まで右手一本で相手を倒してきた
が、その右手が使えなくなっていた。そこでアキラは左でも相手
を倒せるようにトレーニングを積んだ。当初はうまくいかずに今
まで以上にパンチを受けた。しかし、夏も終わる頃には左でも相
手を倒せる間合いと力をつけた。
第三戦の相手はランキング三位の選手だった。ここまでくると相
手に研究されて不利に思われたが、左で相手を倒すことを覚えた
アキラはまたも二ラウンドで、しかも左で相手をKOした。もう本
人たちよりボクシング界が騒然とした。そしてチャンピオン戦を
仕組むよう煽った。四戦目でチャンピオンに挑戦するのはほぼ最
速のスピードだった。チャンピオン側はそれを嫌ったが周りの状
況から挑戦を受け入れるしかなかった。
チャンピオン戦は翌年の正月明けに組まれた。アキラは正月も返
上してトレーニングに励んだ。そして、その次の世界を見ていた。
アキラは負ける気がしなかった。どんなに打たれても一発で相手
を倒す自信をつけた。
上京して初めてカズオと連絡をとった。カズオは喜んで応援に駆
けつけてくれた。自信に満ちたアキラの顔を久々に見てカズオも
勝利を確信した。
2010年3月11日木曜日
小説 「バック ロード」 12 戸口 了
プロライセンスは簡単に取得できた。そして間もなく、アキラの
デビュー戦が組まれた。相手はランクには入っていないものの、
かなり上位に位置する実力者だった。しかし、アキラは二ラウン
ドで簡単に葬った。打たせるだけ打たせて一発で相手を沈めるア
キラのボクシングスタイルは、観客に熱狂的な興奮を与えた。勝
利後、すぐに地元の後援会ができた。アキラは華々しいデビュー
を飾った。
第二戦は翌年の始めに組まれた。今度の相手はランキング八位の
選手で、アキラが勝てば入れ替えになり、ランキング選手として
登録されることになった。今回も二ラウンドで決着をつけた。前
回よりパンチを多く喰らったが、一瞬の間合いを突き、相手をマ
ットに沈めた。観客はアキラが打たれれば打たれるほど盛り上が
った。アキラもそれが自分のスタイルだと確信した。
そしてアキラは成人式を迎えていた。希望に満ちた新成人だった。
アキラは酒も煙草も避けていた。そして女も。ボクシング一本に
賭けていたアキラはあらゆる誘惑を拒絶し、節制していた。ボク
シングの普段の練習でも実戦を想定して、自分のスタイルに磨き
をかけた。
第三戦は春に決まった。ところが、仕事に慣れてきた気の緩みも
あってアキラは利き手の右手に怪我を負ってしまった。
デビュー戦が組まれた。相手はランクには入っていないものの、
かなり上位に位置する実力者だった。しかし、アキラは二ラウン
ドで簡単に葬った。打たせるだけ打たせて一発で相手を沈めるア
キラのボクシングスタイルは、観客に熱狂的な興奮を与えた。勝
利後、すぐに地元の後援会ができた。アキラは華々しいデビュー
を飾った。
第二戦は翌年の始めに組まれた。今度の相手はランキング八位の
選手で、アキラが勝てば入れ替えになり、ランキング選手として
登録されることになった。今回も二ラウンドで決着をつけた。前
回よりパンチを多く喰らったが、一瞬の間合いを突き、相手をマ
ットに沈めた。観客はアキラが打たれれば打たれるほど盛り上が
った。アキラもそれが自分のスタイルだと確信した。
そしてアキラは成人式を迎えていた。希望に満ちた新成人だった。
アキラは酒も煙草も避けていた。そして女も。ボクシング一本に
賭けていたアキラはあらゆる誘惑を拒絶し、節制していた。ボク
シングの普段の練習でも実戦を想定して、自分のスタイルに磨き
をかけた。
第三戦は春に決まった。ところが、仕事に慣れてきた気の緩みも
あってアキラは利き手の右手に怪我を負ってしまった。
2010年3月9日火曜日
小説 「バック ロード」 11 戸口 了
2
アキラの東京でのボクシング人生が始まった。大学の寮に入った
アキラは、寮の自分の部屋とボクシング部との往復だけの学生生
活を送った。学科の苦手なアキラは教室に入ったことがなかった。
そのことについて監督やコーチに厳しく咎められた。しかしアキ
ラは気にも留めなかった。
それよりもアキラが追い込まれたのはボクシングスタイルだった。
アマチュアでは、アキラの相手に打たせるだけ打たせて、一発で
仕留めるスタイルは嫌われた。散々、コーチから防御の必要性を
説かれた。そしてアキラも感じてはいた。同じ新入部員からは一
目置かれていたが、上級生からは厳しい目で見られた。身体も大
きく、ヘッドギアを着け、防御のテクニックを身に付けている上
級生を、なかなかアキラは倒せなかった。アキラに焦りが出始め
ていた。しかし身に付いたスタイルは変えられなかった。
最初の夏休みに帰郷しなかったアキラはボクシング部の合宿の後、
大学には戻らなかった。そして電話帳で調べた、高島平にある小
さなジムの門を叩いた。仕事はジムの会長の計らいで、ジムの近
くの寮のある自動車修理工場で働くことに決まった。早速、入寮
しアキラはプロへの道を歩み出した。会長はアキラに身を入れた。
ボクシングスタイルに少々の不安はあるものの、稀にみる逸材を
手に入れ、野望に燃えた。
アキラの東京でのボクシング人生が始まった。大学の寮に入った
アキラは、寮の自分の部屋とボクシング部との往復だけの学生生
活を送った。学科の苦手なアキラは教室に入ったことがなかった。
そのことについて監督やコーチに厳しく咎められた。しかしアキ
ラは気にも留めなかった。
それよりもアキラが追い込まれたのはボクシングスタイルだった。
アマチュアでは、アキラの相手に打たせるだけ打たせて、一発で
仕留めるスタイルは嫌われた。散々、コーチから防御の必要性を
説かれた。そしてアキラも感じてはいた。同じ新入部員からは一
目置かれていたが、上級生からは厳しい目で見られた。身体も大
きく、ヘッドギアを着け、防御のテクニックを身に付けている上
級生を、なかなかアキラは倒せなかった。アキラに焦りが出始め
ていた。しかし身に付いたスタイルは変えられなかった。
最初の夏休みに帰郷しなかったアキラはボクシング部の合宿の後、
大学には戻らなかった。そして電話帳で調べた、高島平にある小
さなジムの門を叩いた。仕事はジムの会長の計らいで、ジムの近
くの寮のある自動車修理工場で働くことに決まった。早速、入寮
しアキラはプロへの道を歩み出した。会長はアキラに身を入れた。
ボクシングスタイルに少々の不安はあるものの、稀にみる逸材を
手に入れ、野望に燃えた。
2010年3月6日土曜日
小説 「バック ロード」 10 戸口 了
大会を前後して、二人には東京の大学から推薦入学の誘いが舞い
込んでいた。アキラにとっては願って叶ったものであったがカズ
オはそれを断わり、そして退部届けを出した。アキラは説得した
がカズオの親との約束である以上、他になにも言えなかった。
大会が終わって、カズオは二度と現われることはなかった。相棒
を失ったアキラもクラブには顔を出さず、ジムに通った。キョウ
コとヤスコも後進に委ね退部した。アキラはジムでプロ相手に練
習に打ち込んだ。
春が来て、見事に東京の医大の受験にパスしたカズオは、真っ先
にアキラに報告しにきた。アキラは自分のことのように喜んだ。
場所は違うが同じ東京の空の下で暮らせることに喜びを感じた。
カズオは親が決めたマンションに、そしてアキラは大学の寮に籍
を置くことに決まった。そして一緒に街を出る手筈を整えた。
駅での見送りを拒否した二人は家で家族との別れを告げ、駅で待
ち合わせた。しかし、キョウコとヤスコは駅に来ていた。明るく
見送るキョウコに対し、ヤスコの目は潤んでいた。アキラとカズ
オは、お互いなにかヤスコに声を掛けたかったがなにも言えなか
った。そして列車は動き出した。
確かに出るときは、二人とも輝いていた。
込んでいた。アキラにとっては願って叶ったものであったがカズ
オはそれを断わり、そして退部届けを出した。アキラは説得した
がカズオの親との約束である以上、他になにも言えなかった。
大会が終わって、カズオは二度と現われることはなかった。相棒
を失ったアキラもクラブには顔を出さず、ジムに通った。キョウ
コとヤスコも後進に委ね退部した。アキラはジムでプロ相手に練
習に打ち込んだ。
春が来て、見事に東京の医大の受験にパスしたカズオは、真っ先
にアキラに報告しにきた。アキラは自分のことのように喜んだ。
場所は違うが同じ東京の空の下で暮らせることに喜びを感じた。
カズオは親が決めたマンションに、そしてアキラは大学の寮に籍
を置くことに決まった。そして一緒に街を出る手筈を整えた。
駅での見送りを拒否した二人は家で家族との別れを告げ、駅で待
ち合わせた。しかし、キョウコとヤスコは駅に来ていた。明るく
見送るキョウコに対し、ヤスコの目は潤んでいた。アキラとカズ
オは、お互いなにかヤスコに声を掛けたかったがなにも言えなか
った。そして列車は動き出した。
確かに出るときは、二人とも輝いていた。
2010年3月5日金曜日
小説 「バック ロード」 09 戸口 了
実際、試合は散々たるものだった。ゴングが鳴っても二人は手を
出さなかった。レフリーのファイトの警告は耳に入るのだが手が
出ない。第一ラウンドは睨み合いというより見つめ合いで終わっ
た。第二ラウンドに入っても状況はあまり変わらなかった。レフ
リーの再三の警告を受けたにもかかわらず二人の見つめ合いは続
いた。辛抱しきれなくなった観衆の中にはヤジを飛ばす連中も現
われ始めた。第三ラウンドの始まる前にレフリーから注意を受け
た二人はやっと動き出した。アキラが手を出し始めた。しかしス
パーリングより力のないパンチはなにもカズオにダメージを与え
なかった。返すカズオのパンチも急所を捕えていなかった。二人
とも顎とボディーは打たなかった。じれた観衆からはあいかわら
ずヤジが飛んだ。二人はその連中をノックアウトしたかった。そ
してゴングが鳴った。
しばらくの協議の結果、判定は引き分けに終わった。納得のでき
ない観衆はあちこちで不満を漏らした。喜んだのは、キョウコと
ヤスコだけだった。
出さなかった。レフリーのファイトの警告は耳に入るのだが手が
出ない。第一ラウンドは睨み合いというより見つめ合いで終わっ
た。第二ラウンドに入っても状況はあまり変わらなかった。レフ
リーの再三の警告を受けたにもかかわらず二人の見つめ合いは続
いた。辛抱しきれなくなった観衆の中にはヤジを飛ばす連中も現
われ始めた。第三ラウンドの始まる前にレフリーから注意を受け
た二人はやっと動き出した。アキラが手を出し始めた。しかしス
パーリングより力のないパンチはなにもカズオにダメージを与え
なかった。返すカズオのパンチも急所を捕えていなかった。二人
とも顎とボディーは打たなかった。じれた観衆からはあいかわら
ずヤジが飛んだ。二人はその連中をノックアウトしたかった。そ
してゴングが鳴った。
しばらくの協議の結果、判定は引き分けに終わった。納得のでき
ない観衆はあちこちで不満を漏らした。喜んだのは、キョウコと
ヤスコだけだった。
2010年3月4日木曜日
小説 「バック ロード」 08 戸口 了
四人はいつも一緒だった。部活がそのほとんどだったが、たまに
日曜日に遊園地へ遊びに行くのも四人だった。塾が同じせいでど
ちらかというとキョウコとカズオに会話がはずんだが、カズオの
気持ちに気付いているアキラは抜け駆けはしなかった。カズオも
アキラの気持ちを知っていた。二人は決して口に出すことはなく、
お互いの心の奥にしまい込んだ。二人はそのことを避けるように、
できるだけ他のことに熱中した。
三年間、ボクシング部はかなり優秀な成績を修めた。二人が三年
生になったときには部員も二十人を超えていた。そしてアキラと
カズオは負けたことがなく、すべて優勝した。優秀な部員も集ま
りだし団体でも好成績を残すようになっていた。
ところが最後の大会のときに思わぬ事態に面した。カズオの身体
が大きくなり、軽量級では登録できなくなってしまった。大きな
大会は最後なのでカズオは渋々承諾した。
アキラとカズオの初対戦が優勝戦という決定的場面において、と
うとう実現してしまった。プロと互角に戦える実力を持った二人
は他を圧倒し、いやがおうでも勝ち進んでしまった。しかし、周
りの期待や好奇心が高まれば高まるほど、二人の戦意は失われて
いくのであった。
日曜日に遊園地へ遊びに行くのも四人だった。塾が同じせいでど
ちらかというとキョウコとカズオに会話がはずんだが、カズオの
気持ちに気付いているアキラは抜け駆けはしなかった。カズオも
アキラの気持ちを知っていた。二人は決して口に出すことはなく、
お互いの心の奥にしまい込んだ。二人はそのことを避けるように、
できるだけ他のことに熱中した。
三年間、ボクシング部はかなり優秀な成績を修めた。二人が三年
生になったときには部員も二十人を超えていた。そしてアキラと
カズオは負けたことがなく、すべて優勝した。優秀な部員も集ま
りだし団体でも好成績を残すようになっていた。
ところが最後の大会のときに思わぬ事態に面した。カズオの身体
が大きくなり、軽量級では登録できなくなってしまった。大きな
大会は最後なのでカズオは渋々承諾した。
アキラとカズオの初対戦が優勝戦という決定的場面において、と
うとう実現してしまった。プロと互角に戦える実力を持った二人
は他を圧倒し、いやがおうでも勝ち進んでしまった。しかし、周
りの期待や好奇心が高まれば高まるほど、二人の戦意は失われて
いくのであった。
2010年3月3日水曜日
小説 「バック ロード」 07 戸口 了
アキラとカズオは全校で一躍有名になった。そして、ボクシング
部には数名の新入部員ができた。キョウコとヤスコも戻ってきた。
三年生は姿を消していた。カズオが部長になり他の部員を指導し
た。その間にアキラはロードワークをこなし、戻ってくると他の
部員をロードワークに出したカズオとスパーリングを重ねた。
練習は厳しかったが、それ以外は全員歳が同じで、女子もいるた
め文化部のように和気藹々としていた。練習後、だれかが持ち込
んだギターを皆で弾き回すこともあった。アキラは三年間でコー
ドを押さえるのがやっとだったのに対し、カズオは強い興味を覚
え自分でも購入し自宅で練習した。三年生になった頃には部内で
カズオの右に出る者はいなかった。カズオにとってはハードな高
校生活であったが、楽しさが打ち勝ち、なんとかこなした。アキ
ラもそんなカズオを見ており、発奮し、カズオといない時間は出
来る限りジムに通った。
そんなアキラとカズオは二人ともヤスコに恋心を寄せていた。な
んでもてきぱきとこなし、部員の面倒を見る姐さん肌のキョウコ
より、健気にキョウコの手伝いをし、一歩下がっているように見
えるヤスコを意識した。
部には数名の新入部員ができた。キョウコとヤスコも戻ってきた。
三年生は姿を消していた。カズオが部長になり他の部員を指導し
た。その間にアキラはロードワークをこなし、戻ってくると他の
部員をロードワークに出したカズオとスパーリングを重ねた。
練習は厳しかったが、それ以外は全員歳が同じで、女子もいるた
め文化部のように和気藹々としていた。練習後、だれかが持ち込
んだギターを皆で弾き回すこともあった。アキラは三年間でコー
ドを押さえるのがやっとだったのに対し、カズオは強い興味を覚
え自分でも購入し自宅で練習した。三年生になった頃には部内で
カズオの右に出る者はいなかった。カズオにとってはハードな高
校生活であったが、楽しさが打ち勝ち、なんとかこなした。アキ
ラもそんなカズオを見ており、発奮し、カズオといない時間は出
来る限りジムに通った。
そんなアキラとカズオは二人ともヤスコに恋心を寄せていた。な
んでもてきぱきとこなし、部員の面倒を見る姐さん肌のキョウコ
より、健気にキョウコの手伝いをし、一歩下がっているように見
えるヤスコを意識した。
2010年3月2日火曜日
小説 「バック ロード」 06 戸口 了
アキラは頭の中でカウントを始めた。テンになっても部長は身動
きひとつしなかった。アキラはノックアウトの衝撃を身をもって
感じた。他の部員が部長のところに駆け寄り介抱していたが、ア
キラはカズオと連れ立ってリングのある体育館を後にした。
翌日から、部長は顔を出さなかった。他の三年生部員も出るには
出たが明らかに二人を避け、隅のほうで淡々と個人練習をこなし
ていた。カズオは二人のマネージャーを辞めさせた。そしてアキ
ラとカズオは部で軽く汗を流し、ロードワークに出掛け、ジムで
仕上げるといった日々を送った。
その年の秋の大会に二人は出場した。三年生部員は最後の大会に
なるのだが、部長がいないため参加を拒否した。二人は個人戦で、
アキラは中量級、カズオは軽量級で登録した。ほとんど体格が変
わらない二人だったが二人の対戦を嫌ったアキラがなんとか誤魔
化した。
そして全校始まって以来の快挙を成し遂げた。二人は優勝してし
まった。それもアキラはすべてKOで勝った。ヘッドギアを着けて
いるためKO確率は極めて少ないが、ハードパンチャーであるアキ
ラは相手に打たせるだけ打たせ、自分は相手のチンとレバーに集
中し、そして、決めた。一方、カズオはさらにKO率の低い階級で
カウンターで一つのKO勝ち獲り、他の試合も目を生かし相手のパ
ンチをかわして連打を打ち込みポイントをかせぎ、大差で圧勝し
た。
きひとつしなかった。アキラはノックアウトの衝撃を身をもって
感じた。他の部員が部長のところに駆け寄り介抱していたが、ア
キラはカズオと連れ立ってリングのある体育館を後にした。
翌日から、部長は顔を出さなかった。他の三年生部員も出るには
出たが明らかに二人を避け、隅のほうで淡々と個人練習をこなし
ていた。カズオは二人のマネージャーを辞めさせた。そしてアキ
ラとカズオは部で軽く汗を流し、ロードワークに出掛け、ジムで
仕上げるといった日々を送った。
その年の秋の大会に二人は出場した。三年生部員は最後の大会に
なるのだが、部長がいないため参加を拒否した。二人は個人戦で、
アキラは中量級、カズオは軽量級で登録した。ほとんど体格が変
わらない二人だったが二人の対戦を嫌ったアキラがなんとか誤魔
化した。
そして全校始まって以来の快挙を成し遂げた。二人は優勝してし
まった。それもアキラはすべてKOで勝った。ヘッドギアを着けて
いるためKO確率は極めて少ないが、ハードパンチャーであるアキ
ラは相手に打たせるだけ打たせ、自分は相手のチンとレバーに集
中し、そして、決めた。一方、カズオはさらにKO率の低い階級で
カウンターで一つのKO勝ち獲り、他の試合も目を生かし相手のパ
ンチをかわして連打を打ち込みポイントをかせぎ、大差で圧勝し
た。
2010年3月1日月曜日
小説 「バック ロード」 05 戸口 了
ボクシング部は明るくなるはずだった。しかし、結果はまるで逆。
四人いた三年生は二人がジムに所属しているのを知り、嫉妬心か
らマネージャーがいないときには徹底的に二人を苛め抜いた。特
に部長が陰湿だった。毎日スパーリングの相手をさせ、構えたミ
ットをわざとはずし、身体に直接パンチを入れた。二人は耐えた。
カズオはすぐにパンチを見切り、かわしたりダメージを受けない
程度に当てさせ誤魔化していたが、アキラは部長のパンチを思う
ように浴びた。しかし、目は部長の目を射抜いていた。
ある日、部長はアキラにグラブを着けさせてリングに上がらせた。
「はら、打ってみな。打てるんならな!」
同時に無数のパンチがアキラを襲った。
「なんだよ!やりてえんだろ!」
実戦に慣れていないアキラは手を出すこともなく、ことごとくパ
ンチを受けていた。そして、睨んでいた。
「その目が気に入らねえんだよ!」
「アキラ!」
カズオの一声が飛んだ。同時に初めて手を出したアキラのストレ
ートが部長の顎に炸裂した。
カウンターを喰らった部長はそのまま崩れ堕ちた。
四人いた三年生は二人がジムに所属しているのを知り、嫉妬心か
らマネージャーがいないときには徹底的に二人を苛め抜いた。特
に部長が陰湿だった。毎日スパーリングの相手をさせ、構えたミ
ットをわざとはずし、身体に直接パンチを入れた。二人は耐えた。
カズオはすぐにパンチを見切り、かわしたりダメージを受けない
程度に当てさせ誤魔化していたが、アキラは部長のパンチを思う
ように浴びた。しかし、目は部長の目を射抜いていた。
ある日、部長はアキラにグラブを着けさせてリングに上がらせた。
「はら、打ってみな。打てるんならな!」
同時に無数のパンチがアキラを襲った。
「なんだよ!やりてえんだろ!」
実戦に慣れていないアキラは手を出すこともなく、ことごとくパ
ンチを受けていた。そして、睨んでいた。
「その目が気に入らねえんだよ!」
「アキラ!」
カズオの一声が飛んだ。同時に初めて手を出したアキラのストレ
ートが部長の顎に炸裂した。
カウンターを喰らった部長はそのまま崩れ堕ちた。
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